2016.12.12 (mon)

【 今月の縞 十二月 】

今年も残すところあとわずかですね。

師走の慌ただしさに、すっかり更新が遅くなりましたが、
季節に合わせた縞を月替わりでご紹介するコンテンツ「今月の縞」を十二月版を公開致しました。

今月の縞は、#61白多彩2014です。以下のリンクよりどうぞご覧ください。
「今月の縞 十二月」

今月の縞 十二月#61白多彩2014

2016.12.07 (wed)

【 西日本新聞に掲載されました 】

昨日の西日本新聞朝刊にて、甲宗八幡宮様の小倉織の御守と御朱印帳が紹介されました。

記事内でも紹介されていますが、種類は各5種類。
写真左から03(無彩キュービック)、54(無彩律)、61(白多彩)、57(赤百筋)、71(草草)の柄で作っております。

御守りもさることながら、宮司様の優しい笑顔が印象的な記事ですね。

西日本新聞2016年12月6日

2016.12.02 (fri)

御守が新聞掲載されました

昨日の毎日新聞朝刊にて、甲宗八幡宮様の小倉織の御守と御朱印帳が紹介されました。

新聞をご覧になって「甲宗八幡宮に買いに行きます」とのお声も伺い、嬉しい限り。

Facebookでもたくさんのご反響に感謝ですが、この願いの込もった素敵な御守が、もっともっと多くの方に知っていただけますように。

毎日新聞2016年12月2日小倉織御守

2016.11.30 (wed)

門司・甲宗八幡宮【 願いを込めた小倉織の御守 】

「”槍をも通さぬ小倉織”と、武士たちに重宝された丈夫な小倉織で、特別な御守を作りたい」とのお話を縞縞に頂いたのは、2015年の10月のことでした。

甲宗八幡宮は門司六ヶ郷の総鎮守であり、源氏・平家にも縁深く、地元の篤い信仰を集めて来られた戦の神。

甲宗八幡宮

武士の間で、小倉織の袴が災難除けの袴として用いられ、全国的に広がったといわれている由来が、1800年前後に起こった「小笠原騒動」の中にあるそうで、
中老・澁田見主膳が刺客に襲われた際、槍で腰を刺されたが、槍の穂先が小倉織の袴の裾をすべったため、主膳はかすり傷もなく命を守ったという逸話をご存知になり、
本来の”御守”に相応しい、小倉織での御守をというお話になったそうです。

御守に使用した小倉織 縞縞の生地

お参りに来られる方を、あらゆる災厄から強く守り、ご多幸をもたらしたいとの甲宗八幡宮様の願いをどのように形にするのか。

1年にわたって、構想を練り、試作を繰り返した結果、小倉織の生地を使用するだけでなく、護符としての結びにもこだわった御守が完成しました。

甲宗八幡宮の小倉織御守

あげまき結びを結んでいる様子

結びは、結びの専門家・関根みゆき氏の監修・指導を頂き、
ほかにはない「あげまき結び」(悪霊から身を守り、多幸を祈願すると言われている)を取り入れ、神社様で、ご祈願だけでなく、心を込めて一つ一つ結んでご用意いたしました。

贈り物としても喜んでいただけるような美しいお守りになったのではないかと思います。

甲宗八幡宮 御朱印帳

また、格式高い神社として多くの参詣を集めるも、御朱印帳をお持ちでなかったことから、
今回御守に合わせ、御朱印帳も作らせて頂きました。

時間をかけて、御朱印を収集する用途にも、
丈夫で、使うほどになめし革のように経年変化が楽しめる小倉織の生地は最適だったようです。

甲宗八幡宮宮司様御朱印を押される様子

御守・御朱印帳は甲宗八幡宮 授与所にてお求めいただけます。

甲宗八幡宮御守りが並んでいる様子

甲宗八幡宮御朱印帳が並んでいる様子

お守りを長く持っていて頂きたいという想いもあるそうで、その点でも小倉織の丈夫な生地がお役にたちます。
(通常一年で取り替える御守りですが、満願の御祈願の後は記念品としてお持ちになられても良いそうです)

これからの新しい年を迎えるときに、受験などの人生の戦いのときに、この御守りを手にした方にご利益がもたらされますように。

ぜひ、甲宗八幡宮様へお参り頂き、願いがこもった御守をお手に取られてみてください。


※動画の文字はスマホでは見づらい場合もございます。掲載内容は以下となります。

【甲宗八幡宮とは】
甲宗八幡宮は八幡三神を祀る
戦の神であります。
古代では都を西門の守神として鎮まり、
中世には朝廷からの尊崇厚く、
源氏・平家に縁深く、
門司六ヶ郷を支配した門司氏の氏神となり、
足利尊氏や周防国の
大内家から崇拝されました。
近世には細川家・小笠原家から
小倉藩の守護神と崇められ、
近代には門司で起業した
出光佐三氏を始め多くの崇敬を集め
現代に至ります。

【御守について】
江戸時代、
小倉藩の特産物であった
小倉織の袴はとても生地が強く、
槍で突かれても
刃先を通さなかったことから
「災難除け」として
全国で有名になりました。
小倉藩から特別な崇敬を受けた
甲宗八幡宮で、
この度小倉織の生地を用いた
御守をつくりました。

【結びについて】
「むすび」という言葉は
「ムス(産ス)」という自らの生成力と、
霊力をあらわす
「ヒ(霊)」から成り立ちます。
古代の人々は結び目に
神秘的な力を感じ、
松や草の端を結ぶことで
旅の安全や多幸を祈願しました。
古くから結びは悪霊から
身を守ると信じられ、
鎧兜の背面にも美しいあげまき結びが
護符として付けられています。
神功皇后の御甲を御神体とする
甲宗八幡宮の御守にも
このあげまき結びが結ばれています。
監修・指導/関根 みゆき

【御朱印帳について】
御朱印の起源は諸説ありますが、
元々は寺社に写経を収めた際の
受付印だったと言われています。
現在では参拝の証として
墨書で社名や日付を記入し、
その上に朱印を押したものが
御朱印と呼ばれています。
御朱印を集めることを集印と呼び、
集印する専用の帳面を御朱印帳と呼び、
江戸時代にはすでに
存在していたと言われています。

2016年12月1日
甲宗八幡宮にて頒布開始

2016.11.25 (fri)

【 ただいま準備中 】

日々、様々なプロジェクトが動いている縞縞ですが、そんな中でも1年にわたって構想を練り、試作を繰り返した、特別な「あるもの」。

色々な方とのご縁の中で、丁寧に、心を込めて形にしたものが、みなさまにきちんと伝わるように、ただいま準備を行なっています。

寒さの中でも、熱気あふれる現場の一幕でした。

縞縞プロジェクト現場の写真

2016.07.06 (wed)

【 風呂敷と小倉織 】

明後日8日に縞縞 井筒屋店にて「風呂敷の結び方アレンジ体験会」を開催しますが、それを記念して今回は風呂敷の歴史をご紹介いたします。

風呂敷のルーツと言える「物を包む布」の歴史は古く、奈良時代には御物(皇室の所蔵品)を保管するために使用された布が存在し、現在は正倉院に収蔵されています。

平安時代になると貴族たちが装束を包んで運ぶ布を「ころもつつみ」と呼び、鎌倉時代には「平包み」と呼ばれて、武士にとっては戦いの手柄である敵将の首を包み運ぶ役割も果たしていたそうです。

現在の「風呂敷」という表現が見つかっている最古の記録は、「駿府御分物道具帖」(元和二年=1616年4月17日に家康が没した際の遺品形見分けを記録したもの)と言われ、 その中に「こくら木綿風呂敷」の品目が記されています。この頃、すでに小倉織が木綿産業において抜きんでた存在であり、木綿風呂敷の代名詞であった様子がうかがえます。

当時、入浴(沐浴)の際の着替えを包んだり、脱衣所でほかの人と衣類が混じらないように下に敷いて身支度をするのに使われた事から「風呂敷」という名前になったようです。

その後、町人文化へと風呂が広まっていき、普及してきた丈夫で洗いやすい木綿風呂敷が重宝されていったと言われています。

シンプルな四角い木綿布ではありますが、日本人の生活や文化に寄り添ってきた風呂敷。

ぜひ「風呂敷の結び方アレンジ体験会」で今の時代にあった素敵な結びや包みを習得してみて下さいね。お中元をお持ちになるときや夏のお出かけの時に、きっと使える結びや包み方に出会えるはずです。
当日はちょっとした粗品のお土産もございますので、お誘い合わせの上ご参加くださいませ。

日本酒を包んだ風呂敷

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